『歓送の歌』
作詞/リュ→ヂ 作曲/リュ→ヂ
夜通し語り合い
時には喧嘩もした
君の旅立ちに添えて
歌いたい
胸に手を当てると
よみがえるは若き日々
戻れはしないから
未来へと歩こう
夢を求め生きるのなら
挫折は隣り合わせ だけど
誇り胸に立ち上がる
その姿は何より気高い
明日の風に吹かれ どこまでも舞い上がれ!
桜舞い散る季節
気付けば春はすぐそこ
君の笑顔さえ想い出に
まだ見ぬ世界の中で
君は何を見て
何を心に描き
何を謳うだろう?
夢を求め生きるのなら
別れは避けられない だけど
絆胸に歩むならば
心の中いつでも会えるさ
涙は風にあずけ どこまでも舞い上がれ!
この先いくつもの闇が
君の胸を砕くだろう
でも決して忘れないで
君は独りじゃないから
別れ飾る桜はただ
どこまでも美しく そして
誇り胸に旅立つ君
その姿は何より気高い
聴かせてくれ君の歌を
輝くその軌跡を いつか
絆胸に生きてゆこう
そうさ僕等いつでも会えるさ
涙よ風に吹かれ どこまでも舞い上がれ!
明日の風に吹かれ どこまでも舞い上がれ!
桜よ別れのために 艶やかに咲き誇れ!
明日の風に吹かれ どこまでも舞い上がれ!
(2010年2月28日午後5時)
。。。
この歌、実は曲のほうは7年前の2003年、大学4年の春にすでに完成していた。
でも歌詞がいつまでたっても書けなかった。
あの時はまだ自作曲が5曲くらいしかなくほとんどが自分の内面を描いた歌だった。
ここらで誰かに向けて歌う歌を作りたいと思った。
自分の歌にしては珍しくコンセプトは固まっていた。
大学4年の春、俺は留年が決まっていたので先んじて卒業する同期たちを送り出すような歌を作りたいと思った。
が、言葉が浮かばなかった。
結局間に合わなかった。
いままで三度「完成」をみたのだが、そのたび歌ってみてはギターを置きノートに書いた歌詞を破り捨てた。
まるで満足いかなかった。
歌詞が曲を腐らせる。
これでは曲があまりにもかわいそうだと。
同期が卒業し、俺は5年生となり春が過ぎてこの歌を作るのをやめた。
春という季節につくらないとリアルな感情を注ぎ込めないと思ったのでこの歌を作るのは1月、2月、3月と決めた。
だから毎年1月になると思い出したかのようにこの歌の歌詞をひねり出そうとしてきたのだが。
まるで言葉が浮かばなかった。
そうしているうちに翌年、濱本ら同じく留年した同期たちも卒業。
さらに翌年、俺自身も6年生でついに卒業。
でも俺はそれからも早稲田にずっと住んでいるので、毎年この季節が来たら「卒業」を身近なものとして感じることができた。
それもあってか1月になったらこの歌を作りだすという習慣は続けてきた。
が、どーしてもできない。
年月だけがいたずらに過ぎ去り、昨年の春、ついに第二の同期さえも卒業していった。
気付けば俺は30前、6年前卒業した同期はちらほらと結婚しさらに新しい次元に突入した。
俺は着想からの7年間、結果が出せなかった。
正直もう無理かもしれないと思いはじめていた。
が、不思議なことにこーゆーのは突然やってくるもんだねー。
。。。
2月28日午後5時、この『歓送の歌』ができた。
7年の時を経てやっと一つの答えを出すことができた。
歌を完成させたときに涙が止まらなかったのは『影』を作ったとき以来。
不覚な話ではある。
。。。
この歌の題名は「誰かを送り出す歌をつくる」というコンセプトを定めたときからすでに決めていた。
世の中に『歓送の歌』と題されている歌はいくらでもある。
だからこそそう題した。
なんか難しい歌を書くことが多いのだが(特に最初の10曲くらいは)、
この歌ではフツーの言葉を連ねたかった。
この季節に抱く、
別れの折に誰もが感じるであろう、
フツーの感情を、
フツーの言葉で歌いたかった。
特殊な言葉も、斬新な表現も用いたくなかった。
陳腐な歌を作りたかった。
この徹底的に陳腐な歌を、俺はどう歌えるだろうか?
それもまた一つの勝負。
まぁ、なんにせよ。
同期が結婚した翌日という日に、
後輩達が偉大なことを成し遂げたその日に、
俺もこの7年間抱き続けてきた想いを形にすることができて嬉しい。
posted by リュ→ヂ at 02:54|
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